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ほたる
 
いつの間にか
「めずらしいもの」
になってしまいました
   
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読書ノート・・・椹野道流(ふしのみちる)「人買奇談」
 
たまたま立ち寄った本屋さんで、偶然、短大時代の友人に会った。とにかく疲れていて(夏ばてです(−−;;;)気分転換になれば、と思って訊いてみた。
「面白い本ある?」
友人はすぐ横の棚から1冊の本を取り上げた。
椹野道流「八咫烏奇談」
 
椹野道流・・・なんて読むんだろう???表紙の名前の下に小さく「FUSINO MICHIRU」。ふしのみちる?「八咫烏奇談」ってサッカーの話かなぁ。
シリーズの1冊目「人買奇談」を買って帰って、、、そしてハマってしまった。
 
サッカーの話だと思っていたら、霊だの式神だのが出てくる出てくる・・・
霊障を扱う「組織」に属する追儺師・天本森と精霊の母を持つ琴平敏生を中心に、組織のエージェント早川氏、監察医の竜村氏、森の式神小一郎くん、個性的なキャラクターが走り回ってくれる。
 
この手の話は苦手な(^^;はずなのに1日1冊のペースで読み進み8日で最新刊「土蜘蛛奇談」まで一気読み!田中芳樹さんの「銀河英雄伝説」以来の快挙だわ(^^)
 
(おまけ)
「追儺師」って?と思って辞書を引いてみた。「追儺」の項に「宮中の年中行事の一つ。大晦日の夜、悪鬼を払い疫癘を除く儀式。近世、節分の夜に大豆を炒って「福は内、鬼は外」と呼ながらまく行事となる。(広辞苑)
   

おまぬけな話(^^;;;
 
エアコンの季節がやって来た。フィルターを洗ってリモコンのスイッチをON。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  
かからない。リモコンのすみっこの赤い光がつかない。きっと電池が無いんだろう。
雨の中をいそいそと電池を買いに行った。
小さな電池を入れてスイッチON。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  
おかしい、まだ光らない。何度も落としたし、もしかしたら壊れたのかも。
また雨の中、電気屋さんへ。
「リモコン、買い換えになるかもしれませんよ」
リモコンっていくらだろう。修理を頼んでその日は帰ってきた。
 
翌日、仕事に行っている間にリモコンが帰ってきていた。
どこが悪かったのかと訊くと。。。
「あんたの電池の入れ方」
♪ちゃんちゃん♪(^^)
  

読書のーと・・・聖りいざ「COMBINATION」
 
ふらふらと立ち寄った本屋さんで、聖りいざさんの漫画「COMBINATION4」を見つけた。初版が今年の2月だから4ヶ月おくれで手に入れたことになる。
1巻は平成3年7月、2巻は平成4年4月に出版され、4年後の平成8年12月に3巻が出版。
物語は本庁捜査2課に配属された佐々木圭二が同じく2課の羽柴茂光とコンビを組むところから始まる・・・物語の先はご想像にお任せするとして・・・(^^)
 
3年前4年ぶりに発刊された3巻である企画が行われた。扉に英語の詩があり「この詩の日本語訳を大募集」。英語は嫌いじゃないし、COMBINATIONは好きだし、CLAMP時代の本ももっているし、賞品つきだし、やってやろうじゃないか!
「この英文はかなり意訳されているので云々」直訳じゃ面白くない、でも勝手に解釈を加えても。。。かなり苦労して仕上げた事だけは覚えている。
 
それから3年。4巻の最後に元になった日本語の詩が載っていた。送った日本語訳のコピーを取らなかった事を後悔。あやふやな記憶と合わせながら詩を読む。。。コピーを取っていたらもっと笑えたかも。
 
はやく5巻出ないかな〜(^^)わくわく♪

田舎自慢
 
家の周りでは田植えがすんで一面の緑。窓を開けると水を張った田圃の上渡る風がそのまま部屋の中へ流れ込んでくる。近くの山から聞こえてくる鶯や雉の鳴き声のおまけ付き。だからこの季節は好き(*^^*)
 
と、自慢げに言っていたら上がいた。
犬の散歩中に蛍が見える
猿が山から降りてきて
猪が・・・
 
家の前の川に蛍がいたのはちょっぴり昔。コンクリートの川じゃ蛍も住みにくい。
田圃一面のレンゲ畑は格好の遊び場だった。橋の下で基地を作り、凧糸にソーセージをつけてザリガニを釣り、段ボールの切れ端をを橇かわりに土手を滑り降りた。
今思うと、ワイルドな子供・・・
 

鳴門の第九
 
第九の季節がやって来た。
「第九」と言うと年末のイメージがあるが、鳴門市では毎年6月の第1日曜日が「第九の日」に制定されている。
 
ちょっとだけ昔の物語。
大正6年4月6日から大正9年4月1日まで、今の鳴門市大麻町に板東俘虜収容所があり、大正3年(1914年)に勃発した第1次世界大戦で俘虜となったドイツ・オーストリア兵約1000名がここに収容されていた。
口癖は「武士の情け」だったという所長の松江豊寿大佐は、明治維新の敗軍会津の出身。俘虜達に対しても「祖国のために堂々と精一杯戦った」と礼節をつくした。
 
またこの板東には四国霊場の一番札所霊山寺があり、そこに根付く接待の風習は違和感なく俘虜達を受け入れ「ドイツさん」と親しみを込めて呼んでいた。
 
そのドイツさんたちの俘虜生活で心を支えたのは音楽。「MAK(沿岸砲撃隊)オーケストラ」は楽隊長ハンゼンのもと計34回平均月1回の割合で公開演奏を行い、パウル・エンゲル少尉を中心とする「エンゲル楽団」は所内だけでなく霊山寺でもさかんに練習を行ったので地元民も自由に接することができた。
 そして大正7年6月1日には80人の合唱団と共に所内でベートーヴェンの第九を第4楽章まで演奏。ソロも合唱も全て男性のこの演奏会が日本における「第九」初演となった。
 
昭和57年5月15日鳴門市で第1回目の第九演奏会が行われた。翌年、ドイツ兵が第九を演奏した6月1日にちなんでこの日を「第九の日」とすることに決定。以来毎年6月の第1日曜日に鳴門市では第九の演奏会が行われている。
 
(「鳴門の第九」より)


  
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